映画「ウォルター少年と、夏の休日」
”「バカだな、ウォルト」
ハブは腕を組み、ほんの少し笑った。
「信じたいことを信じればいい。
真実であってもなくても、そんなことはどうでもいいんだ。
お前が、何を信じたいかが問題なのさ」”
書籍「ウォルター少年と、夏の休日」
ティム・マッキャンリーズ 著
酒井紀子 訳
映画"Secondhand Lions"
2003年
ティム・マッキャンリーズ 監督
10代の頃に好きだった作品が、その後の将来を決定づけるなら、
この作品が、コザクラにとっては、まさに「そう」です。
偏屈ジジイ2人と一緒に夏休みを過ごすことになった、軟弱少年が、
冒険を乗り越えて「大人の男」に一歩近づく物語。
それが、映画「ウォルター少年と、夏の休日」です。
舞台はアメリカのテキサス。
手に職をつけるため、寮付きの専門学校へ通うことになった母親:メイは、
息子:ウォルターを大伯父(祖父母の兄弟。ここでは、メイの母親の兄たち)の
ハブとガースの2人に預けることにしました。
緑の少ない、乾燥した広い大地を走るキャデラック(アメリカの高級車)。
車内のウォルターは、眉を下げ、口をへの字に曲げています。
彼は、会ったこともない大伯父たちと夏を過ごすよりも、
母親と一緒にいたかったのです。
手製の「立ち入り禁止」看板が並ぶ一本道を行った先に、
恐竜を思わせる外観の、古びた家が建っていました。
ウォルターが車を降りようとすると、突如、複数の犬が現れ、吠え立てます。
犬を飼ったことがないウォルターは、びびって車から降りられません。
……おや、よく見ると、犬たちに交じって、1匹のブタがいます。
メイに促されて車を降りたウォルターは、
銃声の聞こえる方へ――湖へと向かいます。
散弾銃で湖のナマズを狙う2人の男たち。
メイは明るい声で「伯父さ~ん」と手を振り、2人の気をひきます。
2人は連絡せずに突撃訪問をかました姪を見つけ、怪訝そうな顔をします。
そして次の瞬間、うんざりした顔で、こう言うのです。
「親戚だ」
「クソったれ!」
「血は水よりも濃い(血縁は絆を深くする)」とは言いますが、
ハブとガースは兄弟2人きりで生活しており、住んでいる場所・家を見ても、
「世捨て人」と呼ぶのが相応しい暮らしぶりです。
メイやウォルターに対する態度の冷徹さから見て、
親戚付き合いを面倒くさがっているのが、わかります。
他の親戚連中への対応も「塩」で、とっとといなくなってほしいがために、
ウォルターを利用する、という考えが浮かぶ始末。
……とは言え、本当に親戚付き合いをしたくなければ、
もっと乱暴に追い出してもいい筈。
メイに言いくるめられて、ウォルターを預かっているあたり、
何だかんだこの2人は、身内に甘いのだということが、見て取れます。
でも、迷惑なのは本当なので、2人のウォルターに接する態度は、
祖父が孫にするような、愛情深く、親切丁寧なそれとは違って、
素っ気ないものです。
まるで、歳の離れた弟を持ったお兄ちゃんみたい。
まァ、白髪の生えたお兄ちゃんたちですけどね。
本作の原題を訳すと、「中古のライオンたち」となります。
ここ、「ライオン『たち』」というのがポイントです。
「たち」――複数形です。
作中に登場する、本物のライオンは1匹だけです。
では、他のライオンは? どこにいるのか?
答えは、2人の大伯父です。
寄る年波に勝てず、老いを自覚し、人生に見切りをつけ始めている
2人の男の前に現れた、ひ弱な主人公。
若さ溢れる14歳の少年との出会いが、
静かに朽ちていくだけだった、2人の男の人生を変えていきます。
この物語の主人公は、大伯父たちから「男とは何たるか」の
レッスンを受けるウォルター少年であり、
少年との約束で「人生を生きる力を得た」ハブとガースの2人でもあるのです。
誰かの人生が変わる時、関わった相手の人生もまた、変化している。
人生って、何て不可思議なんでしょう!
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