映画の本だな

いつかディズニー映画を英語で観るために頑張るブログ。

映画「パディントン」

PLEASE LOOK AFTER THIS BEAR.

映画「パディントン

 

”「これから、うちで、わたしたちといっしょに暮らすのよ。」と、

 ジュディはいいました。

 「この人、南米から移民してきたの。

 ひとりぼっちで、どこへも行くところがないんですって。」”

書籍「くまのパディントン

マイケル・ボンド 著

松岡享子 訳

 

映画"Paddington"

2014

ポール・キング 監督

 

 子どもの頃読んだ本に登場する魅力的なお菓子たち――たとえば?

たとえば――ぐりとぐらのカステラ。

たとえば――不思議の国のアリスの「わたしをたべて」と書かれたクッキー。

たとえば――ハリー・ポッターのバタービール。

 それらも素敵だけど、やっぱりこれは外せません。

パディントンマーマレード

 

 暗黒の地:ペルー(気を悪くされたらごめんなさい。あんまりな形容詞だけど、

実際の文章でもこのように呼ばれているのです)よりやってきたみなしグマの

パディントンは、単身船でロンドンにやってきます。

彼の大好物はオレンジでつくったマーマレードで、

風変わりな帽子の下にはお腹がすいた時のために、

いつでもマーマレード・サンドイッチをしのばせています。

 ジャムといえばイチゴとブルーベリーしか知らなかった子どものころの

コザクラにとっては、口に入れるより早く、

本の世界で出会った未知の食べ物でした。

 さらに、みかんと言われてカリフォルニアの太陽を浴びたジューシーな

オレンジではなくちゃぶ台の上のかごに盛られた蜜柑を思い浮かべていたので、

その味は謎そのもの。

本をとじて母親にかけより、「マーマレードってなに!? 食べてみたい!!」と

せがみ、スーパーであっけなく手に入ったはじめてのマーマレードの感想は

それはもう散々なもので、一気にあこがれがさめたことを覚えています。

ジャムは甘いものだと信じきっていた小学校一年生のコザクラには、

はじめて食べたオレンジの皮の苦みが強烈で、

パディントンがおいしそうにマーマレードをほおばるシーンの先入観も相まって、

期待を裏切られる格好となってしまったのです。

 あれから月日が流れ、コザクラはマーマレードのおいしさが

わかる大人になりました。

 それでも最初の一口の記憶は薄れることなく、文字通り「苦い」思い出として

残っています。

 

 パディントンの映画は現在までに2作公開されており、

そのどちらも細かいところまでジョークにあふれて、ついついホロリと泣けて、

最後はあたたかい気持ちになれる映画です。

原作本はメインシリーズが10冊を超え、さらにシリーズ外や絵本にも裾野を

広げています。

 映画はオリジナルストーリーですが、映画1作目では原作1作目で描かれる

パディントンと彼を受け入れたブラウン一家との出会いがふくまれています。

パディントン駅でブラウン一家に見つけられたみなしクマは、

英国人風の名前として、

出会った駅にちなんで「パディントン」と名付けられるのです。

ガラス屋根が印象的なこの駅は、

イギリスが首都ロンドンのパディントン地区にあり、

駅構内にはパディントン銅像が設置されています。 

 

 作者のボンド氏はパディントンのイメージを

自身が子どものころに見た戦時中のテレビニュースから得ています。

疎開先の駅舎でたたずむ大勢の子どもたちと、彼らが首から下げていた名札。

原作でもパディントンはペルーから密航し、たどり着いたパディントン駅で

受け入れ先を探すべく、首から名札を下げていました。

 パディントンが湿っぽくあわれな雰囲気ではないので、

子どものころは気にとめなかったのですが、大人になった今読み返すと、

たった一人で見知らぬ駅へやってきた小さな子どもが

家を探しているのかと思うと、切なくなります。

マーマレードパディントンの大好物ですが、

ひとりぼっちで駅のホームに立つ彼に瓶詰めのマーマレードを持たせたのは、

切ない立ち姿の幼子を勇気づけようとする

作者からのエールだったのかもしれません。

 

 甘いだけでなく、ちょっぴり苦みもあるマーマレード

映画を見たら、無性にサンドイッチが食べたくなりました。

マーマレードをたっぷり塗った、手作りのマーマレードサンドイッチを。

 

【映画のキーワード】

#ロンドン #家族 #移民

 

 

 

「もののけ姫」を映画館で観たこと

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もののけ姫」を映画館で観たこと

 

「一生に一度は、映画館でジブリを。」

この言葉を合い言葉に、コロナウイルス渦中の2020年6月、

全国の劇場でスタジオジブリの過去4作品が上映されました。

風の谷のナウシカ

もののけ姫

千と千尋の神隠し

ゲド戦記

 

 当時は仕事が忙しく、上映開始からしばらく経ってから

過去作品の再上映が行われていることを知り、大いに驚きました。

まさか自分が生きている間に、こんなことが起こりうるだなんて!

しかし仕事の山場を越えたところで夏の疲れがどっと出てきて、気づけばお盆休みを

迎えており、今更と思いつつもあわてて劇場に足を運ぶこととなりました。

 

 お盆の頃には上映を終了した映画館もちらほら見られたものの、

地方の小さな映画館の、50席ほどの小さなスクリーンで、

1日1回限りの上映が行われていました。

 感染予防策として隣り合う座席の使用が禁じられ、指定席券を購入しました。

コザクラが映画館へ行くのは、コロナ騒ぎが大きくなる2020年2月以来のことで

実に半年ぶりの映画館は、至る所に消毒薬が置かれ、本編開始前にドラえもん

注意喚起を行う他は、以前とそう変わることがありませんでした。

けれども真面目な話、ポップコーンを購入した人にはウェットティッシュ

用意してほしかったなァ…。

 

 「もののけ姫」を選んだのは、コザクラにとって映画館で観た経験がなく、

かつ子供の頃の印象が際立っている作品だからです。

実家にあったVHSの紙製のパッケージの質感が懐かしいほど、

繰り返し鑑賞した記憶がある作品で、こういう機会でもなければ

劇場で観ることはまずなかったでしょう。

 子供時代のコザクラは、「もののけ姫」が好きでした。

でも同時に怖くて悲しい話だと思っていたし、

ラストの何もかも無くなってしまった山と里を見て、

「じゃあどうすればよかったのだろう」と考えては答えが出なくて

うんうん唸っていました。

 

 現実がそうであるように、対立の裏には込み入った関係があり、

善悪でくくれるほど人間は単純にできていない――

それを教えてくれたのが、この映画でした。

 今でも大切で大好きな映画です。

劇場で観られて本当に良かったです。

ホノルルの映画館のこと

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ホノルルの映画館のこと

 

 コザクラがハワイ――オアフ島――へ短期語学学習のために訪れた当時、

ホノルルで競って食べたのは、

チーズケーキファクトリーのでっかいチーズケーキでした。

コロナの影響で飲食店の経営が難しい舵取りを迫られている昨今ですが、

ネット上ではまだお店が健在ということで、ほっとしております。

懐かしいお店が減ってしまうのは、さみしいものです。

 

 さて、1ヶ月の滞在期間中に3本の映画を観に行ったのですが、

あいにく映画館の名前を思い出せません。

"Seven Days In Utopia"

"Beautiful Creatures"

"Apollo 18"

どういうチョイスかといいますと、

「英語がわからなくても楽しめそうな映画」を選んだ結果、

この3本になっています。

そもそも、ハワイで映画館を探したのは、とあるトーク番組で

「海外ロケの際には映画館を探して、映画を観る。

コメディ系で言葉がわからなくても楽しめるやつを選ぶ」と言っていた方がいて、

「かっこいい!」と憧れて真似をしていたからです。

しかし、折しもラインナップに子ども向けの映画がなく、コメディ系も見当たらず、

せめてものあがきで、社会派や推理ものを避けて選びました。

始まるまではどきどきでしたが、始まると意外と集中して観ることができ、

詳細は不明だけど、大まかなストーリーは理解できたので満足できました。

 やはり、視覚映像は強い。

会話だけ聞いていても「なんのこっちゃ?」なことでも、

実際の行動を観ているとそのまま理解できますものね。

 これに味を占めて、帰国後も字幕なしで洋画鑑賞しようとしたのですが、

しかしそうは問屋が卸さず、全く集中できず、意味がわかりませんでした。

あの時の集中力は、24時間英語漬けの海外という特殊な環境下においてのみ

発揮されるものであって、日本のアパートの一室であぐらをかきながら

ヘッドフォンでレンタルDVDを再生している時には発揮されないものなのでしょう。

やはり語学を学ぶなら、現地へ行くのが手っ取り早いようです。

ピノキオ

Now, you see, the world is full of temptations.

ディズニー・アニメ映画「ピノキオ」

 

”金貨をうめれば、金貨がなるって?

 豆やカボチャじゃあるまいし。

 まあ、おれもそんなことを信じてたときがあって、おかげでこんなありさまさ。

 ま、今となっちゃ、遅すぎるが、やっとわかった。

 金というものは、まっとうなことをしてかせぐものさ。

 手に汗してかせぐもよし、知恵をしぼってかせぐもよし。”

書籍「ピノキオの冒険」

カルロ・コルローディ 著

金原瑞人 訳

映画 " Pinocchio "
1940年
ベン・シャープスティーン/ハミルトン・ラスク 監督

 

 ディズニー3大トラウマ映画は、「不思議の国のアリス」「ダンボ」

そして「ピノキオ」ではないかと考えています。

不思議の国のアリス」は「大工とセイウチのシーン」が、

「ダンボ」は「ピンクのゾウのシーン」が、

そして「ピノキオ」は「子どもたちがロバになるシーン」において

およそ子ども向けらしからぬホラー感で他のディズニー映画の追従を許しません。

 子どもの頃の私に「ピノキオ」を観た覚えがないのは、

単に家にビデオがなかったからですが、実のところあったとしても

進んで観ようとは思わなかったと思います。

 それと言うのも私コザクラは、子どもの頃に実家に存在したマリオネットが

恐怖の対象で、人形の仕舞われた納戸には徹底的に近づかなかったからです。

 

子どもの目で見た時に感じた恐怖はいまだに体が覚えており、

大人になった現在でも、私は人形を苦手に思う節があります。

 第一、ピノキオに関してはちょっとレビューをのぞき見れば、

問題のシーンがみんなのトラウマになっていることがすぐにわかります。

他人の感想を読んでも暗い気持ちになるのに、それを映像で見た晩には

必ずといっていいほど悪夢をみて金縛りで苦しむことになるでしょう。

 

――とは言っても、食わず嫌いは褒められたものではありません。

ここは子ども時代の恐怖を忘れて、

大人ぶって「作品」を「鑑賞」しようじゃありませんか!

 

 

 結果、ざんぱい。

・・・・・・まあ、わかってましたけど。

原作も読んでみましたが、映画がマイルドに思えるくらいには悲惨さが

アップしていて、正直胸焼けが・・・・・・うぅっ。

 こんなに怖い童話が児童向けの新聞に連載されていたとは、

ちょっとびっくりします。

ピノキオは生まれつきの悪たれで、出会う人にだまされたり

助けられたりしながらまっとうな人間に、

木の人形から文字通りの人間に生まれ変わります。

 しかしその課程が怖い。

何度も死にかけています。

親の言うことを聞かず、勉強もせず、働きもしない子どもは、ろくでもない。

したがって、ろくでもない末路をたどることになりますよ、という教訓ですね。

 自分が子どもだった頃、天使だったかと言われれば、答えは "No."

性悪説をとるわけではないけど、「かわいくて素敵なだけの子ども」には

会ったことがないので、いないと信じています。

成長した大人が悪に染まったと考えるよりかは、元々清濁持ち合わせており、

成長するにつれて自分の悪性とうまく付き合えるように

折り合いをつける術を学ぶものだと思っています。

 どんなにピノキオが悪ガキでも、子どもである以上責められないんですよね。

もちろん、「このクソガキがっ!」ってくらい腹がたつこともあるんですけど。

大人と同じ物差しで見てはあかんよな~、と自分を省みる気持ちになりました。

 

 作中登場人物としてピノキオ並に有名なのがブルー・フェアリーです。

彼女はピノキオに命を吹き込んだ妖精で青い衣をまとった金髪のお姉さんですが、

なぜか原作では青いのは服ではなく髪の毛で、

その役割も妖精という1つの肩書きに収まりません。

おそらく大人の事情で――というかデザイン上の問題で見た目を変え、

おおざっぱに「妖精」というくくりでまとめられたものと思われます。

 原作は長くて辛くて読むのに苦労しましたが、彼女が登場するシーンは

「助け」があることがわかっていたのでほっとすることができました。

子ども時代の苦しい時に、ブルー・フェアリーのような一息つける存在が

いてくれたら、どんなに救われただろうか、とふと思いました。

 

【映画のキーワード】

#ディズニー #イタリア #星に願いを

 

ピノキオの冒険

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映画「オペラ座の怪人」

Masquerade. Paper faces on parade. Masquerade. Hide your face, so the world will never find you.

映画「オペラ座の怪人

 

”千々に乱れ、悲しみに沈む心を隠す必要はない。

 感情が顔にあらわれないよう気をつけなくてもいい。

 ちゃんと仮面をつけているのだから!”

書籍「オペラ座の怪人

ガストン・ルルー 著

長島良三 訳

 

映画"The Phantom of the Opera"

2004年

ジョエル・シュマッカー 監督


 劇団四季の作品が好きです。

「キャッツ」「ライオンキング」「人間になりたがった猫」

「壁抜け男」などいくつかの公演を鑑賞済みです。

  しかし、熱心なファンの方からすれば憤慨ものかもしれませんが、

私はあまり役者さんにこだわらず、

したがって公演の日に出演情報を調べるということがありません。

  特別ひいきにしている方がいれば話は別でしょうが、

今のところそういうご縁もなく、

遠方から東京へ足を運ぶことを考えれば、

優先されるのは公演日時のみ、となってしまうのです。

 

 「オペラ座の怪人」については、

劇団四季のミュージカルではなく映画からはまった1人です。

映画鑑賞前の前知識は、2つ。

ひとつ、怪人の愛は成就しない。

ふたつ、しかし怪人にとってはハッピーエンドで終わる。

……あれー?

 どういう経緯で得た知識なのか思い出せないのですが、

この2つがあったために見終わった直後の感想としては、

「だまされた!」というもの。

ハッピーエンドにも色々あるけど、これは本当にハッピーエンドか?

違うだろぉ!!

思っていた以上に可哀想な最後で、帰り道を沈んだ気持ちで歩く羽目になりました。

 

 原作は映画に登場しない人物の視線で書かれた部分もあり、

全体としてやや冗長に感じられます。

ロマンスというよりミステリで、怪人の過去が詳しく書かれる一方、

最後までその人となりは謎に包まれています。

 映画や舞台における怪人は、顔の半分を仮面で覆っています。

しかし原作ではより醜悪でおぞましい姿だとされており、

顔はまるで骸骨のようで、顔全体を隠してオペラ座の地下で暮らしています。

 パリのオペラ座ことガルニエ宮は現存する建物で、

今でも公演が行われおり、なんと見学も可能らしく、

ぜひ一度訪れてみたい場所です。

映画でもちょこちょこ描写されているように、

この劇場はとにかく広く、お客さんが入れるスペースは元より、

裏方のスペースがこれまた広々としています。

当時は今より多くの人が働いていたのでしょうが、

広大な劇場に入れ替わり立ち替わりやってくる大勢の人たちがいたならば、

幽霊ならぬ怪人のうわさが立ち上るのも無理はないと思います。

  人とは思えぬ美しい歌声で歌姫を地下へと誘う怪しい男の姿――

仕事の後の楽屋で若い娘さんたちがキャアキャア言いながら

怪人のうわさに声をあげていた姿が目に浮かぶようです。

 怪人の「魅惑の歌声」は、映画では力強いロック系になっています。

しかし、「やさしい天使の歌声系」でイメージされている方も多数おり、

映画レビューでもやはり、歌声について散々な言い方をされているのを

見つけてしまい、人気作の映画化の苦労を感じ取り、

そういう面でも上映当時の記憶が鮮やかに残っている1作です。

 映画の歌唱シーンはみんな好きなのですが、

今回見直してみて改めてかっこいいと感じたのが仮面舞踏会のシーンです。

 舞台だと色の洪水か、ってくらいに色とりどりの仮装をしている客人たちですが、

映画では金・白・黒の3色でまとめられています。

映画と舞台だと見せ方が異なるのは知っていたけど、なるほどこういうことか、と

思わせてくれる違いぶりです。

舞台には舞台の、映画(映像)には映画の見せ方があるんですね。

少ない色数なので、物語の主軸である怪人の赤と歌姫のピンクが際立ち、

より一層ドラマチックなシーンに仕上がっています。

  仮面舞踏会のメロディーは、物語の終盤でオルゴールが再度奏でています。

生涯顔を隠し続けて暗闇に生きてきた怪人は、

オルゴールも仮面も捨てて

1人静かに、また闇へと消えていくのでした。

 

 蛇足ですが、仮面舞踏会のシーンで、

階段の上でソロを踊る黒白の仮面をつけた男性が、

とにかく目をひいてしょうがない(笑)

体の使い方が際だっていて、容姿も相まってパペットみたいなダンスなんですよ。

格別にかっこよかったです。

 

【映画のキーワード】

#ミュージカル #パリ #薔薇

 

オペラ座の怪人 (角川文庫)

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映画「コンタクト」

But everything I know as a human being, everything I am tells me it was real.

映画「コンタクト」

 

”われわれ人間ごとき卑小な存在にとって、果て知れぬ宇宙の大きさは、

 愛によってはじめて能くこれを負うことができるということである。”

書籍「コンタクト」

カール・セーガン 著

高見浩・池央耿 訳

 

映画"Contact"

1997年

ロバート・ゼメキス 監督

 

 宇宙からのメッセージを読み解いて、太陽系外の知的生命体と

接触(コンタクト)することに成功した科学者:エリー。

無事帰還した彼女を待ち受けていたのは、彼女がコンタクトによって得た

啓示とも呼べる体験を、でっちあげだと疑う人々だった。

そして彼女は、自らの心に深く影響した体験を証明する物的証拠が何一つなく、

すべては自分の頭と心にしか残されていないことに気づくのだった――

 

 映画は観た覚えがあったけど、原作がこんなに長~い

本格SFとは思っていなかったので、ゆっくり読み進めました。

おかげで話はしっかり頭に入ったけれども、

細かい科学の話はどうにもわからないところが山ほどあって、

それこそ数学の教科書を読んでいる気分になりました。

 やさしく説明してくれているのは、わかります。

しかし、頭はそれほどよくないのだよ。残念ながら。

さらにいえば、科学のことがわかっていないとラストのくだりが

全然意味をなさなくなってしまうので、がんばりたかったのですが、

もう一歩踏み込めなかった感があります。

 

 読めるとこだけ読んでエリーの試みを自分なりに解釈した結果、

私も作中の神学者パーマーと同じ意見です。

――遠回りすぎやしないかい?

 対するエリーの返答は、

――数学に啓示を求める他に、人類をひとつにする道はない

数学なしに万人の心に神の存在を知らしめることはできない、

とばっさり斬っておられます。

どれほど遠回りに見えても、一般的に宗教のイメージとして思い浮かべる言葉の

群れから離れて、アカデミックな立場で神を探そう、と勧めているのです。

 もし、数学の中、もっと言えば、自然の中にしか神を見つけることが

できないのであれば、数学のセンスがない人には

感知できない神が存在してしまいます。

さあ、困ったぞ。

私のような、数学の200満点のテストで50点とった人は、どうしたらいいのか。

 まぁでも、ご安心ください。

作中で真理は高度で複雑なものではなく、

誰にでも読み解けるかたちである、とされています。

1たす1が2になるように。

筋が通っていて、誰もが説明なしにパッと見て理解できる。そんな風に。

 

 原作が上下2巻にわたる大作なので、映画はかなり端折って、

切って貼って繋げていますが、それでも2時間超えとなっています。

 原作を読むと、改めて映画化の苦労がしのばれます。

よくぞここまで本質を見失わずに1本の映画にまとめたな、という印象です。

数理が苦手なコザクラも、数学について深く思考することなく、

映画の世界に没頭することができました。

 ・・・・・・あべこべなことを言うようですが、

映画が気に入った人には、ぜひ原作も読んでいただきたい。

同じ話であることは間違いないけれども、別の側面が見えてきます。

 

 私たちはいまだに、愛を証明できていません。

心の在処がわかっておらず、誰にでもわかるようなかたちで提示できないのです。

しかし、確かに経験した覚えがありますし、私はその体験を夢や幻覚だと

疑ってはいません。

何一つ、証拠はないけれども。

 とても不思議だと思いませんか。

 もし愛が数式のように共通言語で表されたなら、一体どんなでしょうか。

個人的な感覚でいえば、1たす1が2になるようにシンプルな数式で

表されるような気がしています。

でも実際に経験した愛は複雑で様々な側面をもっています。

お手本や正式、正道の愛がわからない以上、何かの基準を外れた愛を

「例外」とすることも難しい。

 う~ん。わからないなぁ。

確かにここに、あるのになぁ。

 

【映画のキーワード】

#SF #宗教 #北海道

 

 

 

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映画「バックドラフト」

"Let me go, Bull." "You go…we go."

映画「バックドラフト

 

”だが炎は生きているわけではない。

 敵でもない。

 炎は父を殺したのではなかった。

 父は炎のものとなったが、炎に殺されたのではない。

 炎などは、つまるところは障害物にすぎない

 ――障害物ならば、克服できないはずはなかった。”

書籍「バックドラフト

カーク・ミッチェル 著

白石郎 訳

 

映画"Backdraft"

1991年

ロン・ハワード 監督

 

 消防士が主役の映画は、この世に一体何本あるのでしょうか。

 見識が狭くて申し訳ないけど、コザクラにはこの映画しか思いつきません。

しかしこの1本を観たときの衝撃は、今でも思い出せます。

明るく楽しい娯楽映画ではなく、サスペンス・・・アクション?映画です。

何がきっかけで観ようと思ったのかは覚えていませんが、

今となっては消防士映画といえばこの映画「バックドラフト」です。

 

 題名になっている「バックドラフト」とは、密閉された空間で火災が生じた際、

酸素を燃やし尽くして火の勢いは衰えるものの、その後すぐにドアを開けて

室内に外気が入り込むと、室内のガスに引火して起こる爆発のことです。

 映画では扉の隙間から煙が立ち上る描写がされておりますが、

扉を開けた瞬間に炎はなく、すぐに外の空気が室内にとりこまれ、

室外へ向かって爆発が起こります。

この爆発を避けるために新米消防隊員は隊長から

「扉を開ける前に温度を確かめろ

 (扉が熱ければバックドラフトの可能性がある)」と

口酸っぱくして言われています。

 

 この記事を書くにあたって消防のページを見ていたら、

火災現場で扉の温度を確認する時は、

必ず手の平ではなく手の甲で確かめるように、と書かれていました。

もし扉の向こうに火の手が迫っていて扉が熱い場合、手の平を火傷して

その後の避難に支障がでるかもしれないから、とのことでした。

なるほど。

以上、千葉市の防災ページからでした。

 

 主人公は、殉職した消防士を父に持つスティーヴンとブライアン、2人の兄弟。

映画の中でも仲の悪さが際立ち、常に険悪な雰囲気を醸し出していますが、

原作はそれぞれの心情が各々の立場で描写される分、より陰鬱な気分になります。

 大好きな父親が炎にのまれて死んだことで、2人の未来――消防士として炎に

立ち向かう日々――にも暗い影が落ちています。

一見するとガッツがあり優秀な消防隊員として現場で指揮するスティーブンには、

家族の愛や絆を自ら壊してしまう歪みが見受けられます。

一方、弟のブライアンは父の死を目の当たりにした強いショックから悪夢に

うなされ、発作的に現実から逃げだす癖がついていました。

 

 2人に消防士という職務を運命づけた炎は、

まるで生き物のように映画内で描かれています。

先回りしたり、誘い込んだり、舌なめずりをするように壁を這う様は気味が悪く、

実際の炎はこんな風じゃ無い、とわかっていてもぞっとさせられます。

なぜ火は、生き物のように見えるのでしょうか。

普段はコンロの中で小さく大人しく燃えている火も、一度外へ飛び出せば

まるでそちらが本性であったかのように激しく燃えさかり、みるみる内に

辺りのものを焼き尽くしてしまいます。

 最後のシーンで、ブライアンはスティーヴンを救うために、意を決して炎の

中へ飛び込んでいきます。

このシーンが本当にかっこいい。

映画もいいけど、ここは原作の方がブライアンの考えが描写されているので

よりいいと思います。

 火災を前に、人は為す術ありません。

逃げ出すことが最善です。

消防士の他の人にとっては、ですけど。

 

 ちなみにユニバーサル・スタジオ・ジャパンには、

この映画を元にしたアトラクションがあります。

そんなに有名な映画だとは知らなかったけど・・・本国では有名なのかしらねぇ。

ドラム缶をぼっかんどっかん爆発させるショーで、かなり景気よく燃やしています。

あまり待たずに入れて、大人数が一度に入場できるので、空き時間にも

入りやすいアトラクションだと思います。

飛び込みで、ぜひどうぞ。

 

【映画のキーワード】

#サスペンス #消防隊 #アンニュイな主人公

 

バックドラフト (扶桑社ミステリー)

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