映画と本の感想ブログ「映画の本だな」

いつかディズニー映画を英語で観るために頑張るブログ。

映画「アズールとアスマール」

映画「アズールとアスマール

 

映画"Azur Et Asmar"

2006

ミッシェル・オスロ 監督

 

 すっごい好みの映画に出会ってしまった……!

子どもの頃に読んだ絵本を思わせる素敵な映画に、今まで気が付かなかったなんて、

なんて損をしていたんだ!!

 こういう偶然の出会いがあるから、

レンタルビデオ屋は今後も残ってほしいと思うのです。

ネットサーフィンしているだけだと、こういう発見は難しいから。

 

 さて、今回ご紹介する映画は、

フランス発のアニメ映画「アズールとアスマール」です。

監督は、映画「キリクと魔女」のミッシェル・オスロ

本作もその偉才っぷりが、いかんなく発揮されております。

 ちなみに、前述の映画同様、三鷹の森ジブリ美術館が配給している映画なので、

実店舗で商品を探す際は、ジブリ映画セクションを探してみてください。

 

 本作は、タイトルからお察しの通り、2人の青年の友情と冒険の物語です。

 金髪碧眼のアズールと、黒髪褐色肌のアスマールは、

異なる国籍と宗教と言葉を持っていますが、兄弟のように育てられてきました。

しかし、アズールの父親の命令で、アズールは家を出て教育を受けることに。

アスマールとアスマールの母:ジェナヌは、「乳母は不要」として

仕事を失い、追いだされることになってしまいます。

 それから数年の時を経て、立派な青年に成長したアズールは、

かつて乳母のジャナヌが聞かせてくれたおとぎ話を頼りに、

海を渡って彼女の母国を目指します。

しかし彼がそこで目にしたのは、幼少期に憧れていたおとぎの国ではなく、

青い目に偏見を抱く人々の暮らす「醜い国」でした――――――

 

 現実にある差別や偏見を盛り込みながらも、

想像上の生き物や冒険譚に付き物のアイテムなどを配置し、

おとぎ話の枠組みに収まった作品です。

異なる文化を持つ者たちが共生していく困難や、

それを克服する優しさを描きながらも、フィクションとして楽しませることを

忘れていない、重層なつくりの作品でもあります。

 子どもがいれば、ぜひ一緒に観たい――そう思わせる映画でした。

 

 

ディズニー・アニメ映画「ヘラクレス」

My favorite part of the game: sudden death.

ディズニー・アニメ映画「ヘラクレス

 

”しかし元々は彼は邪悪な神ではなく、地上にも興味がない。

 ただ厳格で、死後の人間を裁くために無慈悲なまでの公平さを持ち、

 暗いところを好んでいる大人しい神である。”

書籍「古代ギリシャのリアル」

藤村シシン 著

 

映画"Hercules"

1997

ジョン・マスカー/ロン・クレメンツ 監督

 

 引用した書籍でも取り上げられている通り、

本作に登場する悪役(ヴィラン):ハデスは、世界制覇を目指して

非道な行いをする、残忍なキャラクターとして描かれています。

引用箇所は、それを踏まえた上で「実はハデスって……」と繋げているので、

映画とは異なった姿が、神話の中では一般的だ、ということです。

 本作が賛否両論な理由の一つに、「ギリシャ神話をこねくり回し過ぎて

オリジナルストーリーになってるよ!」というものがあります。

確かに、映画を観てからギリシャ神話を読むと

「ハデスってそんなに悪い事してないな……」と首を傾げることになります。

映画ではあんなにテンション高く悪事に勤しんでいたのに、

神話では大人しいというか、暗い雰囲気で、

そもそもそんなに目立った話がないように感じられるのです。

ヘラクレスとの戦いに負けて、死者の蘇りを許してしまうことはあっても、

ゼウスに刃向かった反逆者的なストーリーはなく、

いわゆる「世界を転覆させるような極悪キャラ」ではないのです。

 これってつまり、「職場と顔が陰気くさい」という理由だけで、

悪役に選ばれているわけですよ、彼(ハデス)は。

……かわいそう。

 

――まァ、こういうディズニーの、内面ではなく外見で判断する、

短絡的なキャラクター造詣に反感を覚える人が一定数いるのは、

当然のことだと思います。

 でも、敢えて言わせてもらいます。

本作のハデスって、めっちゃ魅力的じゃないですか?

 ギリシャ神話のハデスが、気にくわないってわけじゃありませんよ、念のため。

そうじゃなくて、「ギリシャ神話の冥府の神」ってことを一旦脇に置いて、

「ディズニー映画の悪役の一人」として観ると、

かなり際だった個性の持ち主に思えるんですよ。

 ディズニー映画は歴史が古いので、作品も多ければ悪役も大勢います。

本作以前・以後含めて、大勢のディズニー・ヴィランがいますが、

これほどキャラが立っている人(神だけど)は、他にはいません。

その証拠に彼は、主人公であるヘラクレスを差し置いて活躍しています。

ディズニーリゾートのパレードやショーに、単体(ヒーロー抜き)で登場し、

ディズニー・ヴィランの一員として新規アニメに結構な頻度で出演し、

ディズニーキャラクターが登場するゲーム(「キングダムハーツ」)では

あまりの登場回数の多さから、プレイヤーが操作するキャラクターが

「なんだよハデスかよ」と飽き飽きした台詞を投げかける始末……。

 これで人気が無いとは言わせないっ!

皆、「ディズニー映画のハデス」のこと、気に入り過ぎだろ!

 

 ディズニーの改変――というより最早、魔改造――を擁護する気は無いけど、

コザクラは基本的には「面白い方が良い方」という考えなので、

作品としては面白く出来上がっているので、別にいいかな、と思っています。

怒る人がいるのもわかるんだけど、デイズニーの原作改変の歴史なんて、

ヨーロッパの民話を映画化した初期の時代からそうだったわけですよ。

もう、原作有りのデイズニー作品のことは

「偉大なるクリエイターと世界規模の資本による壮大な二次創作芸術群」だと

思った方が、割り切れるかもしれません。

 それに、個人的には、この映画をきっかけに

ギリシャ神話や星座に興味を持つようになったんですよ。

映画を観て、「ギリシャの神話って面白い!」となって、

図書室でギリシャ神話の本を借りて「何だこれ、全然違うじゃん!!」となりました。

ただ、映画から入ったおかげか、それを理由に映画を嫌いになることはなく、

ディズニー映画として楽しみ続けたし、ギリシャ神話の人間臭くて生々しい話は、

コザクラの思春期を彩ったわけです。(主に、エロい方面で)

 だから、この映画をきっかけに、ギリシャ神話にハマる人がいるといいな、

と密かに思いながら、この記事を書いているのです。

ギリシャ神話って、面白いですよ。

ぜひ一度、お試しくださいませ。

 

【映画のキーワード】

#ファミリー #冒険 #親戚のおじさん

 

 

 

映画「ジュリー&ジュリア」

Julia, you are the butter to my bread, and the breath to my life.

映画「ジュリー&ジュリア」

 

”「私が死んでもレシピは残る」と言ったのは小林カツ代だが、

 料理書は、そのような意味で、自分とはちがうべつの誰かの感性が

 きわめて具体的に綴られた痕跡であり、読者と出会って目覚めるときを、

 それらは待っている。”

書籍「食べたくなる本」

三浦哲哉 著

 

映画"Julie & Julia"

2009

ノーラ・エフロン 監督

 

 料理本を読むのが、趣味です。

こう言うと、「料理好き」と勘違いされることも多いのですが、

「趣味は読書で、対象ジャンルが『料理』『家事』『実用』」という意味です。

個人的には、料理はしなくて済むならしないに越したことはない、という考えです。

実際の調理では、手間暇は、省けるだけ省きたいタイプ。

でも、読み物としての「料理本」は、

実用書の中でも格別の面白さがあると思い、目を通す機会が多いです。

 今回の引用書籍は、映画批評を生業とする著者が、

テーマごとに料理の「本」を取り上げて連載していた記事を、収録した本です。

著者の三浦さんは自身も台所に立って包丁を握りますが、

その目線はあくまで素人。

家の付き合いや財布の力で、料理界の裏の世界やアッパーな非日常を覗く……と

いったこともなく、その語り口はどこまでも一般庶民に寄り添っており、

その感性にはつい、うんうん、と頷いてしまいます。

 料理ではなく料理本をテーマにした本というのも、珍しいものです。

 

 さて、今回取り上げる映画は、料理で人生を変えた、実在の女性2人の人生を

交錯させながら描いた「ジュリー&ジュリア」です。

 アメリカの家庭に本格フランス料理を伝えた料理人:ジュリア・チャイルドには、

メリル・ストリープを迎え、

ジュリアのレシピ524点を1年で制覇したブロガー:ジュリー・パウエルには、

エイミー・アダムスを当てています。

 

 この映画でジュリアのことを知ったのですが、映画にも登場する通り、

台所が国立アメリカ歴史博物館に寄贈され、現在も展示されております。

「キッチンが博物館にある」という文言だけ見ても、

彼女の偉大さがひしひしと感じられます。

1960年代にテレビ番組で主婦層の人気を得て、

共著も含めて約20冊の料理本を世に送り出しました。

史実では身長188cmと高身長だったジュリアを、

168cmのストリープが演じているため、多少違和感のあるシーンもあります。

 ――が、そんなこたぁ関係ねぇっ!!

ストリープ演じるジュリアの可愛さに、コザクラはびっくり仰天しました。

喋り方といい、仕草といい、笑顔といい、もう本当にかわいくて目が離せません。

この感情は、まさしく「萌え」です。(断言)

ストリープの大女優たる演技力に脱帽です。

まさか妙齢の女性に対して、これ程「かわいい」を連呼する日が来るとは……。

 

 もう一人の主人公、ジュリーは、公務員としてフルタイムで働き、

鳴り止まない電話を片っ端から取って応対する日々を過ごす、30歳の女性。

何も成し遂げることなく生きてきた自分の人生に、名状し難い不満を抱いています。

ピザ屋の2階に借りた部屋のボロさに文句を言いつつ、夫と猫と暮らしていました。

 そんな彼女の趣味&気分転換は、料理!

レシピ通りの手順で行動すれば、おいしい成果を得られます。

障害(映画内では「ADD:集中力散漫」と説明されています)ゆえに

他の家事はうまくこなせなくても、料理だけは彼女の十八番でした。

 何もかも中途半端な自分に嫌気がさし、

ジュリーは思い切って「365日で524のレシピを再現する」という

かなり積極的な目標を掲げます。

フルタイムの仕事をこなしながらの無謀とも言える挑戦に、

ブログは人気を集め、新聞の記事にもなり、

ついにはブログを見た出版社から書籍化のオファーが!

 しかし、喜ぶ彼女の元に、1本の電話がかかってきて――――

 

 続きはぜひ、映画で確認してみてください。

コザクラもこうして自分のブログで、他者の制作した映画や書籍を

取り上げている身なので、ラスト直前のジュリーの絶望が、我が身に沁みました。

 それでも、ジュリーがブログを書かなければ、

そしてブログが本にならなければ、さらに本が映画にならなければ

――コザクラはジュリアを知らないままだったでしょう。

 

 ジュリアの勇気と愛に称賛を!

 ジュリーの努力と忍耐に拍手を!

 

【映画のキーワード】

#伝記 #恋愛 #バター

 

 

 

映画「センター・オブ・ジ・アース」

A world within the world.

映画「センター・オブ・ジ・アース」

 

”「そのとおりですね、叔父さん。

 学者たちが知恵を絞り、巧みに再現してみせた太古の植物が、

 神様の思し召しでこの巨大な温室に保存されたんです」

書籍「地底旅行

ジュール・ヴェルヌ 著

平岡敦 訳

 

映画"Journey to the Center of the Earth"

2008

エリック・ブレヴィグ 監督

 

 SFの父――ジュール・ヴェルヌ

彼の有名作品といえば、「十五少年漂流記」や「海底二万里」。

読んだことはなくても、題名やあらすじを知っている方は多いと思います。

 今回取り上げる作品「地底旅行」(原題の直訳は「地球の中心への旅」)も、

世に広く知られています。

1864年に発表されたこの作品は、古典的なSF冒険小説として根強い人気を誇り、

現代においても、子ども向けに書き直して出版されるなどして

長く愛されています。

 

 登場人物は、変人科学者のリーデンブロック教授と、甥のアクセルソン。

古書に書かれた暗号を読み解き、「地球の中心に至る道」を発見した教授は、

甥を助手に連れて、アイスランドの火山に向かいます。

最初、甥は嫌がっているのですが、教授に強く出られず、断れません。

現地で雇った案内人のハンスは、無口な男。

無愛想な男ですが、冒険が終わる頃には皆、ハンスが好きになっています。

 3人は暗号の示す通り、スネッフェルス山の火口を下って、数十日間歩み続けます。

閉塞した未知の環境下での、ストレスと困難が彼らを襲います。

時には仲間と離ればなれになることも。

それでも3人は懸命に進み、とうとう地下の大空洞に出ます。

 そこで彼らが目にしたのは、常識では考えられないような自然の不思議、

生命の神秘、進化の奇跡の数々。

しかし、驚く彼らの周囲は、これまでの知識では太刀打ちできない

危険で満ちあふれていました。

 第一、こんな地の底から、どうやって地上に戻ればいいのでしょうか?

 

 今回取り上げた映画は、厳密に作品を映像化したのではなく、

ジュール・ヴェルヌの作品が事実を書いていた、という体で

現代の若者が失踪した科学者を探して地底を探検する、という筋書きに

変更されています。

 失踪した科学者:マックスを探して、マックスの弟:トレバーと

マックスの息子:ショーン、アイスランドで雇った山岳ガイド:ハンナの3人は、

マックスの残した地震センサーを求めて、アイスランドの火山に向かいます。

悪天候に悩まされ、落雷と落石による事故から洞窟に閉じ込められてしまい、

3人は脱出のために廃坑のトロッコに乗り込み、洞窟の奥へと進むことに。

地底世界を冒険する内に、ジュール・ヴェルヌの「地底旅行」が

真実を書き記していたのだと、確信を持つようになります。

 

 ネタバレしますと、コザクラは、マックスが今も地底で生きている、と

映画の中盤までは信じていました。

失踪から10年も経っているので、普通に考えれば死んだと考えるべきでしょうが、

まさか死体を見つけさせて、はっきりと死んだことを描くとは思っていませんでした。

 マックスの死を描写するなら、遺書や遺品でも十分伝わったと思うのですが、

あえて死体を発見し、墓をあんなに大きく作らせたというのは、

監督の「曖昧な描写ではなく、明確で裏表のないシーンにしたい」という

意図を感じました。

 ……でもなァ~~!!

個人的にはその「わかりやすさ」がちょっと「過剰な説明」に感じちゃいました。

「そんなに言わなくても、わかってるよ!」みたいな。

「もっと観客の想像力を信じてくれよ」的な。

 

 とはいえ、原作そのままではなく、原作をガイドブックにした冒険旅行という

映画のアイディアは、とても良かったです。

原作既出の映像化の際は、原作との相違点が良くも悪くも目についてしまいますが、

こういう立ち位置に原作本を置くと、そういう点が気にならず

映画を楽しむことができるのだな、と新たな発見がありました。

 ましてや原作の初出は1860年代です。

古さが良い味になっている古典作品ほど、そのままよりも一工夫した方が

魅力的な派生作品になる可能性を秘めていると思います。

 

 童心に返って、冒険を楽しみたい時に、ぜひおすすめしたい作品です。

 

【映画のキーワード】

#冒険 #ファンタジー #SF

 

 

 

映画「シェイプ・オブ・ウォーター」

Unable to perceive the shape of you. I find you all around me.

映画「シェイプ・オブ・ウォーター

 

"どんなに悩んだことだろう、剣多(けんた)……。

 自分の存在がはっきりしない、いらだたしさ。

 人間でもない、本物のケンタウロスでもない、ハーフでもない、

 その、どれか――。"

書籍「海時間のマリン」

名木田恵子 著

 

映画"The Shape of Water"

2017年

ギレルモ・デル・トロ 監督

 

 小学生の頃、手話の勉強をしていました。

必要に駆られたわけではなく、趣味で。

点字の読み方に興味を持ったのも、この頃でした。

 あれから数十年経ち、手話も点字も何一つ覚えていません。

覚えていたら、どこかの水辺で恋が始まっていたかもしれないのに……。

ちょうど、この映画作品のように。

 

 物語の舞台は、冷戦まっただ中のアメリカ合衆国

「航空宇宙研究センター」に運び込まれた謎の生物は、

アマゾンの奥地で現地の人々から「神」と崇められてきた半魚人だった。

 主人公のイライザは、孤児院で育ち、センターの清掃員として働く女性。

彼女の咽には赤ん坊の頃からの傷があり、これが原因で話すことができない。

 職場に運ばれてきた半魚人に、自分と同じ孤独を感じ、

自らコミュニケーションを図ろうとするイライザ。

人間の言葉を話さない半魚人と、声の出ない女。

二人の想いを繋ぐのは、手話――それから、眼差しだった。

 

 この映画は、細かい枝葉を取り払ってしまうと、

「めちゃくちゃ王道のラブロマンス」だということがわかります。

同性愛者の隣人や、黒人の同僚や、ソ連のスパイや、怖い上司に気をとられて、

ついつい「痛い」「怖い」「気持ち悪い」などの負のイメージが

先行してしまいますが、これはラブストーリーなんです。

声の出ない女が、未知の生物と恋に落ち、彼の想いに救われる話です。

 鱗のある生き物と、発話障害という「声」にまつわるエッセンスを

取り入れていることから、観客は否応なく「人魚姫」や

他の水棲の伝説上の生き物と人間との恋物語を、連想させられます。

人間と異なる種類の存在が、人間と結ばれる話は、世界中で見られます。

でも、相手が人魚となると、悲恋や別れのイメージがつきまといます。

他の種族と比べて、不吉との言い伝えが多いせいかもしれません。

 でも、映画は違います。

別作品「パンズ・ラビリンス」では、救いがあるようでない、

しかし幻想的で実に美しい悲劇をラストに据えたデル・トロ監督ですが、

この「シェイプ・オブ・ウォーター」は、明確にハッピーエンドになっています。

ロマンス映画のゴールが、二人の愛の成就なら、

この映画はしっかりゴールテープを切っています。

 だから、もし見終わった後でまだ心が苦しいなら、それは本作の主軸ではない、

枝葉の部分に観客の心が引きつけられているからなのです。

 

 引用した書籍には、人魚は出てくるけど、半魚人はでてきません。

人魚の他にケンタウロス、プーカ(妖精の一種)なども登場しますが、

物語の主人公たちは皆、半人半妖であり、

人間以外の生き物たちから忌み嫌われています。

半分しか自分たちと同じでない、として、中途半端な存在だと言って憎むのです。

そして主人公たちの命を断つことも厭いません。

彼らの苛烈さは、主人公たちや同じ境遇の子どもたちの心を蝕みます。

生まれ持ったもの故、自分では変えようのないものを指さされて非難され、

厳しく差別されながら、その存在ごと、この世から消えることを望まれます。

 こんなに悲しいことがありますか?

ただ、生きているだけで、見ず知らずの誰も彼もから嫌悪されるだなんて。

 映画の枝葉は、引用書籍のテーマに近しいものです。

映画に登場する人物たちは、皆、孤独を感じています。

孤独の原因は、「他人と違うこと」。

でもこの世の誰もが、他人と違う唯一の存在の筈です。

それなのに、身体機能、性的嗜好、人種、宗教、国籍、理解者や協力者の有無が

孤独を深め、社会からの孤立を加速させていきます。

 映画を観た後、心にわだかまりが生じて、

感想を言おうにも何を言ったらいいのかわからない時は、

あなたの中の孤独が「私を見て!」と叫んでいるのだと思います。

 孤独を受け入れるのは難しいものです。

 たった一人で苦しむ夜に、観てほしい恋愛映画です。

 

【映画のキーワード】

#ロマンス #ファンタジー #異類婚姻譚

 

 

 

映画「ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん」

映画「ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん」

 

映画"Tout en haut du monde"

2016

レミ・シャイエ 監督

 

 ちょちょちょ、ちょっと待ってください。

 え? フランス語??

 これは、ロシア貴族のお嬢さんが主人公のアニメ映画ですよね?

 

 この映画は、フランス・デンマークで共同制作されたアニメ映画です。

 物語は、19世紀のサンクトペテルブルク(ロシア西部の都市)から始まります。

主人公は、14歳の少女:サーシャ。

貴族の生まれながらも、冒険家の祖父の影響で、お嬢様らしからぬお転婆娘です。

北極点到達を目指して旅立ったまま行方不明となった祖父を探して、

家を飛び出し、北へ向かう船に乗り込みます。

 

 冒頭の話に戻りますと、この映画はフランス語で制作されています。

サーシャもその家族も、乗り込んだ船の船員たちも、皆フランス語で喋ります。

 ただ、ですね、19世紀のロシア貴族の間では、

フランス語は、当たり前に話されていた言語なのです。

当時のロシア貴族にとって、ヨーロッパの諸言語は必須科目。

マルチリンガルも珍しい話ではなく、フランス語、英語、ドイツ語などが

話されていたそうです。

 映画が当時の言語を反映して、フランス語を採用した……わけではないと

思いますが、そういった過去があったことを思うと、

フランス語でも違和感なく聞くことができるから不思議です。

 

 しかし、マルチリンガルが求められる社会って、

現代日本からすると恐ろしいです。

 例えば、英語をはじめとする外国語でなかったとしても、

「今日から各地方の方言をマスターしてもらいます。

 その地方では、必ず方言を使用して喋ってください」

なんて言われたら、同じ日本語の枠内であってもわずらわしいでしょう。

言語に制限をかけたり、統制をとられたりしたら、

日常生活で使う度に、鬱陶しくてイライラするのは、容易に想像できます。

 ……………………Google先生は、偉大だなァ。

お世話になっています、Google翻訳

 

 

イラストで紹介した書籍はこちら。

 

 

映画「ダージリン急行」

I tried my hardest. I don't know what else to do.

映画「ダージリン急行

 

書籍「地球の歩き方 aruco 5 インド」

地球の歩き方編集室 著作編集

 

映画"The Darjeeling Limited"

2007年

ウェス・アンダーソン 監督

 

 地元のラーメン屋の話なんですけど、

あんかけラーメンがおいしい、と評判の店があり、数年前に足を運びました。

揚げ焼きにしたたっぷりの野菜を、熱々とろとろのスープにからませて

食べる喜び……と思ったら!!

  甘い!!!

  なんじゃこりゃ!!!!!

 凄く甘くて、一緒に行った人と「砂糖の量間違えてない?」とヒソヒソ。

思わず周囲を見回しましたが、他のお客さんは何も言わずに受け入れている様子。

自分たちがおかしいのか~?とも思いましたが、

あまりの甘さにスープを飲むのをためらう程で、

結局それ以後、二度と訪れていません。

 でも、あそこまで甘くなければ、リピート必至だったくらいには、

元の味はとてもおいしかったです。

口コミを見ても「おいしい!」と評判で、

特に「甘すぎる店」とは認識されておらず、コザクラの中ではいまだに

「味は好みだが、甘すぎて自分の舌がわからなくなる店」

として記憶に残っています。

 

 コザクラにとってのウェス・アンダーソン監督作品は、

上述のあんかけラーメンに似た立ち位置です。

「とてもおいしい!」と「こういうところが絶対的に無理」が共存しており、

取り上げて記事にまとめる、というのが非常に難しい作品です。

 今回取り上げた映画「ダージリン急行」は、監督・脚本・制作と

全面的に関わっており、アンダーソン監督らしい作品の一つとなっております。

 

 この映画は、インドを旅する3人兄弟が、

過去に得た物を全て失い、新しい物を得る話です。

抽象的でしょう?

これは、実に神話的な話だと思っています。

 父の死をきっかけに旅に出て、精神面(兄弟喧嘩や、パートナーとのあれこれ)

と、肉体面(列車内でのいざこざや、川で溺れた子どもを助けたこと)で

冒険の日々を過ごし、ついに目的地である母のいる修道院にたどり着く。

しかし母は、啓示(あるいは真実)を与えて姿をくらます。

3人兄弟は日常に戻るが、最後の試練(列車に乗り遅れる)を前に、

全てのトランク(過去への執着)を捨てて、走る列車に飛び乗る。

3人の間には友情(旅で得た宝物)が芽生えており、

それぞれの人生に光があることを、兄弟たちの表情が教えてくれる。

 ストーリーは凄くわかりやすい部類の作品だと思います。

だから、「うう~ん」となるのは演出、カメラワークや俳優の演技なんですよね。

 そこがハマれば、好きな人は本当に好きになると思います。

まだ、この監督の作品を味わったことには、ぜひ一度試していただきたいです。

うまけりゃ儲けもの。

うまくなくても、自分には合わなかったのだと思って、店を出ましょう。

 

 さて、今回ご紹介する書籍は、ガイドブックシリーズの1冊からです。

海外旅行のお供と言えば、「地球の歩き方ガイドブック」が鉄板ですね。

同じ会社から、女性旅行者をターゲットに発売されているシリーズが

「aruco(アルコ)」です。

 中を開くと、文章量とページ数で勝負している「地球の歩き方」とは別物で、

写真やイラストを中心に、ページがつくられていることがわかります。

巷に溢れる女性向け旅行本でよく見るA5くらいのサイズで、

持ち運びしやすく、取り外せる別冊MAP付き。

 しかしそこは腐っても「地球の歩き方」派生シリーズ本。

他の旅行会社の類似本と比べて、情報量が多い。多い。多い!

女性の一人旅に危険なイメージがつきまとうインドは、

女性向け旅行本シリーズの中ではスルーされがちですが、

シリーズ5冊目でいきなり「インド」ぶちかましてくる辺り、

ガイドブック老舗としての「地球の歩き方」のプライドを感じます。

 コザクラが次に海外旅行に行く時はぜひ「aruco」のお世話になりたいのですが、

難点が一つだけあります。

それは、文字サイズが小さい、ということ。

他の小さいサイズの旅行本でも思うんですけど、

あまりに文字が小さいと、暗い部屋の中や夜間に本を開いた時、

全然読めなくてスマホの灯りで読むことになるんですよね。

もうちょっとだけ字が大きくなると、読みやすくて助かります。

 

【映画のキーワード】

#ファミリー #トラベル #世界の車窓から