映画と本の感想ブログ「映画の本だな」

いつかディズニー映画を英語で観るために頑張るブログ。

ディズニー・アニメ映画「眠れる森の美女」

Oh, silly fiddle-faddle!

ディズニー・アニメ映画「眠れる森の美女」


”十五歳という年齢は、少女が大人への階段を昇り始める微妙な年齢でもある。

 それを考えれば、父親である王がいかに姫を可愛がり、閉じ込め、

 守ろうとしたとしても、守り通すのは到底無理なことではあったのかもしれない。

書籍「グリム童話のなかのぞっとする話」

金成陽一 著

 

映画"Sleeping Beauty"

1959

クライド・ジェロニミ/ウォルフガング・ライザーマン/

エリック・ラーソン/レス・クラーク 監督

 

 別にグリム童話に限った話じゃないんですけど、

子ども向けとして紹介される童話の中に、時々ハッとするほど

残酷な描写があって心臓がどきどきしてしまいます。

 そして残酷描写においては、頭ひとつ抜きん出ているとされる、グリム童話

グリム兄弟が収集・編纂した、日本でもおなじみの、ドイツの昔話です。

とは言っても実際にはフランスやイタリアから伝わった物語も含まれており、

今回取り上げた映画の元ネタも、元はフランスのペロー童話集からとされています。

 

 グリム童話の残虐性の謎は、好んで話題にされがちです。

本屋でも図書館でも、グリム童話関連の棚だけ

他と比べてその手の考察本が充実しています。

今回引用した本もその中の1冊です。

 あとがきで著者は、自分にとって昔話は現実の話である、としています。

隠喩やヴェールをはがした素のままのお話は、

決して架空の作り話ではなく、人びとの叡智が潜んでいる、と。

 もし「眠れる森の美女」が、かつて生きた誰かの人生から

得られた知恵を元にして創作されたとしたなら、

それは一体どんな人生だったのでしょうか。

 本作の元ネタの考察本などからは、同じ説が複数人から唱えられています。

曰く、姫が眠りに落ちる原因の紡錘(つむ。糸をつむぐ道具)や

それが置かれた小部屋が性器を暗喩しており、

性への目覚めや性体験が姫を眠り――死に近い、覚めることを知らない

永遠の眠りへと誘っている、と。

その説をとると、国中の紡錘を集めて火をつける王様の姿は、

自分の娘をいつまでも「ちいさなかわいいわたしのむすめ」でいさせたいと思い、

躍起になって無意味なことをしている、切ない父親の姿に変わります。

 コザクラの妄想でしかないのですけど、この童話の土台の人生があったなら、

その語り手は父親か母親なのではないかと思います。

「自分にはかわいい子どもがいて、いつまでもかわいい子どもだと思っていたら、

ある日突然、結婚相手を連れてきた。しかも孫までできていた。

いまさら反対なんてできないから結婚を許したが、後悔が残る。

しかし同時に、わたしの両親もこんな気持ちだったのではないか、と

同じ立場になってはじめてわかった気持ちもある。」

 年をとったおじいさんやおばあさんが、

しわだらけの手で孫やひ孫の頭をなでながら、

かつて同じように自分の子どもたちの頭をなでていたことを思い出しながら

「眠れる森の美女」を語って聞かせる姿を思い浮かべました。

 

 映画でも物語のはじまりは、主人公:オーロラ姫の誕生祝いのパーティーからです。

参列した大勢の客人の中には、3人の妖精の姿もあり、

それぞれが姫に贈り物を授けます。

そこへ現れる黒い影――本作の悪役、マレフィセントです。

 2014年に彼女のスピンオフ映画が公開されたのは記憶に新しいですよね。

ぶっちゃけ、主役を食う勢いでキャラがたっております。

 ……というより、主役のオーロラ姫が

あの短時間でよくキャラをたてていると言うべきか。

よく考えてみると、76分(短っ!!)の映画の中で、

皆が思い浮かべる15~16歳のオーロラ姫が動いて喋っているシーンは

かなーり短いんですよね。

城に連れていかれては泣いてばかり。

その後はマレフィセントの魔法に魅了され、すぐ眠りに落ちます。

そしてなんと、その後一言も話さないんですよ!!

今回見返して一番驚いたのがそこなんですけど、

オーロラ姫は目覚めて王子様が目の前にいても微笑むだけ!

王子様と一緒にご両親とはじめて会った時も微笑んでハグするだけ!

全然喋らないんですよ!!

 きっと、オーロラ姫役の声優さんは、

もらった台本の薄さにびっくりしたことでしょう。

「えっ、私こんなんで主役はるの?」と。

 

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