映画「テーラー 人生の仕立て屋」
映画"Tailor"
2021年
ソニア・リザ・ケンターマン 監督
ハリウッド映画は確かに面白いし、多くの人に好まれます。
わかりやすく、腑に落ちるストーリーに、緩急のついた展開、巧みな演出に、
効果的なBGM――どこをとっても、一流のエンターテイメントです。
でも、今回ご紹介する映画は、ギリシャ出身の監督がはじめて撮った長編映画。
ハリウッド的な華やかさとは、無縁の映画です。
これは、人生を大逆転させる、きらびやかなサクセス・ストーリーではなく、
一人の人間の人生の転機を、静かに追いかける叙情的な作品なのです。
主人公はアテネで仕立て屋を営む男:ニコス。
16歳の頃から、父の店で仕立ての技を学んだニコスは、
閑古鳥の鳴く店で、来ない客を待つ日々を送っていました。
銀行からの差し押さえ、父親の入院、問題が山積みの中、
ニコスは廃材から屋台を作り出し、自分の手で街中へひいていき、
街角で紳士用スーツを売りに出すことにします。
しかし高級な紳士用スーツの需要は見つからず、
ひょんなところから声がかかったウエディングドレスのオーダーを
つい引き受けてしまう……。
テーラー(紳士服の仕立て屋)って、懐かしい響きです。
子どもの頃、通学路に「昭和のオリンピックを経験していそうな古い仕立て屋」が
ありまして、すすけたウィンドウの中に紳士用ジャケットが飾られていました。
それもかなり年代物で、いつ通っても人気はなく、
店内の灯りも暗くて、静かな雰囲気でした。
今時、オーダーメイドのスーツの需要は、限られたものでしょう。
2010年の経済危機以降も、財政難に悩まされてきたギリシャでも
同様のことでしょう。
映画内で道行く人たちは、一様にラフなTシャツにサンダル姿でした。
最終的にニコスは、父の代からの仕事を畳み、
ウエディングドレスの移動販売をする道を選びます。
家業、家族、かつての仕事、かつての顧客、思い入れのある店、街、土地。
そして、恋と愛。
それらから離れて、新しい仕事に臨む彼の姿は、
一つの時代の終わりと、これからを生きるための道しるべを示しています。